キリストの福音大分教会・牧師のメッセージ
(週報掲載・今週のメッセージ)

2002年5月

2002/5/26

  (「日岡だより」第21号)

北鮮家族、「神様に感謝」  

 中国・瀋陽の日本領事館で起きた北鮮一家5人の亡命希望者拘束事件、一時は何ともやりきれない事件でした。しかし、いわゆる「人道的見地」に立って善処、とにかく5人の人たちがマニラを経由、韓国の仁川国際空港に無事に着いたということでホッとしましたね。この時の新聞の第一頁の見出しに驚きました。「神様に感謝、すべて許せます」。

 彼らが仁川国際空港に降りた直後、報道陣に対して言っている言葉なのだが、これはもう、まったく聖書的。こういうキリスト教的言辞が新聞の第一頁のトップにデカデカと出るとは、日本の新聞としては前代未聞のことでなかったでしょうか。

 彼らはクリスチャンなのでしょうか。どうもそのような気がします。あるいはよほどキリスト教的雰囲気のなかで暮らしてきた人たちなのでしょうか。

 しらべてみると、北朝鮮のクリスチャンの数は1万3千人と言われる。北朝鮮の全人口が1300万人くらいとすると、1万3千人という数はちょうど0.1パーセントにあたります。過酷な共産主義国家として知られる北朝鮮の中にあって、1万3千人という数は実は驚異的です。

 ともあれ、この人々が、「神様に感謝します。今、私たちはすべてを許せます」というのは、本当にすばらしいですね。心が洗われる思いがします。

 

 韓民族が信じる神はハナニムの神様です。ハナニムとは「ただ一つの方」という意味です。韓民族は幸せな民族です。神様は、彼らに当初から「唯一の神様」という深層意識をお与えになりました。

 ハナニムという方が聖書に啓示される創造主なる全能の神様のことかどうかは決めにくいことでしょうが、とにかく韓民族に最初に聖書がはいってきた時、「唯一のまことの神」という聖書の信仰は抵抗感無く受け入れられただろうと思います。

 これは韓民族の人々が、自己の持つ原理や主義主張に固く立って他と決して安易に妥協しない性格を持っている、その基本的要因だろうと思います。

 だから意見や立場が相反する場合には激しく言い争う国民性も生じます。彼らの夫婦喧嘩は有名です。道に出て近所の人たちの前で、お互いに他の非を言いつのって喧嘩する。ただし決して暴力を振るわない。これが韓民族式夫婦喧嘩です。

 

 これに反し、日本人の神は八百万の神々です。本居宣長に言わせれば、蛇でも虫でも、何でもちょっと異なもの尊く見えるもの、山でも川でも、ですからもちろん偉い人、英雄豪傑、戦争で死んだ人、天皇様なら尚更のこと、みんな神様です。

 古事記をみれば分かりますが、日本神話では、初めに自然があった。つまり混沌たる海があった。その中から葦カビのように萌え出た最初の神が天之御中主尊という第一代の神様。この方は男女の別はない単性の神で、目に見えない隠身(かみ)であった。

 ところが、聖書の神様はまず光を造られる。そして宇宙を、自然を。次々に植物、動物、人間と造られた。しかし、日本の神は聖書の神様の造られた物の中で生まれたという。だいたい次元が違います。

 最初の神々が生まれ出る時、日本の古典は「成りませる神」という。この「成る」という言葉について国語学者大野晋氏が言います。「このナルは気候が暑くなる、寒くなる、のナルで、すべてが自然髄順、うまく成って行く」という日本人の人生観の基本です。良寛和尚ではないが、「いるほどは風がもてくる落ち葉かな」ということです。

 そこで、「朝昼晩の気温、湿度にあわせ、常に相手に合わせ、成り行きに適応して行くことが大事だ」と考える。なるべく相手を傷つけまい、相手に逆らわないようにしよう。お互い仲良しクラブの一員となることが大切、聖徳太子ではありませんが、「和をもって貴っとしと為す」ということなのです。

 裏を返して言えば、一貫して原則を通すということをしない。ここが韓民族と違う所です。彼らは、こうと言い出したら聞かない。日帝時代のあらゆる圧政暴虐を言い募って止めない。慰安婦問題など、一旦火を吹いたら収まることがない。

 ところが日本は「まあまあ」といつの間にか、矛(ほこ)を納めてしまう。いつまでも根に持つのは大人のすることではないと言う世界。真相は覆いかぶされて、一切はあいまいに処理され、いつの間にか忘れてしまう。いや、忘れたことにしてしまう。

 

 瀋陽の日本領事館で起きた北鮮一家5人の拘束事件について、あるヨーロッパ人評論家が言っている。「あの領事館員たちは突然の出来事で動転したのでしょう」などと日本人領事館員に同情してくれているのは情けない。恥ずかしい限りです。ともあれ、彼らには「和をもって貴っとしと為す」という日本人らしい性格傾向が、あの咄嗟の時に出て来たのでしょうか。日本人らしい心くばりで、帽子を拾ったり、ぺこぺこ挨拶したりするのです。

 こういう、周囲の人に悪く思われたくない。みんなに良い子でありたい。この、人の良さ、気の弱さ、こういった傾向は、私たち日本人のすべての人の心の中に潜んでいるような気がします。これは普段は多く称賛されている日本人のやさしい心です。多くの日本人が幼い時からしつけられてきたことです。

 それを今更、威厳をもってしっかりやれ。日本政府の外交官たる者、なんたる弱腰ぞや、日本の威光を示してやれ、などと言っても、急に変身できるものではないのですね。

 

 さて、閑話休題。日本の宗教運動で、この辺の虚を突いたのは創価学会ではなかったでしょうか。

 やわらかく、やさしく、近寄って行って、「私どもの仲間の話を聞いて下さい」と、摺り寄ってゆくアプローチの仕方が多くの宗教団体で、普通です。

 ところが特に、昭和30年前後、今の池田名誉会長が青年部長のころ、あの人たちの伝道(折伏)は、攻撃的、戦闘的、威嚇恫喝、礼儀なんか最初からありません。教会の門前に立って、「おおい。牧師、出て来い。わしらと法論やろう。お前たちが勝つか、わしらが勝つか、負けたほうが弟子になろうやないか。わしらが負けたら、わしらかてクリスチャンになるで」といった塩梅です。

 この積極果敢な攻撃的伝道で見る見る信者をふやします。もちろんこういう激しい伝道をやれるよう、信者教育を徹底します(戸田城聖の「折伏教典」は今読んでも面白い)。そして毎夜の丑三つの勤行を励行させる。丑三つというのは夜中の午前2時半ごろです。この時間帯に1持間か2時間か知りませんが、彼らの祈り、お題目を唱えるのです。

 

 私たちクリスチャンだったら、徹夜、断食、毎夜の祈祷会です。「瀕死の病気だ、倒産だ、子どもが家出だ」、切羽つまって、腹をくくって「今夜は徹夜だ」と、金切り声をあげて気違いのように祈る。

 こうした決死の祈り、血を吐くような祈りは奇蹟を生みます。私が生まれた時、難病で100万人に1人の病気、「この赤ちゃんは2週間とは生きません」、医師から言われて私の父は断食徹夜して祈った。「ヤイロの娘を活かしたる主よ。ナインの息子を活かし、ラザロを活かしたる主よ、この赤子を活かし給え」と祈った。そして3日目に私は全身のこわばりが解けて命が助かったのです。これは私が幼い時より聞いてきた私の回生物語です。父は泣いて血を吐いて(肺臓に問題があってすぐ血を吐くのです)、その弱い肺をしぼり出すようにして祈ったのです。

 創価学会の勤行はどう見ても、我力の熱心さです。創価学会で言えば、「強盛」の信心ですが、この熱心さは学びたい。信仰生活に隘路、坂道、難路が立ちはだかるのは当たり前です。八方塞がりになっても(第二コリント4:8参照)突破しましょう。イエス様の御名を呼んで、祈って、祈って、行き詰まりを、絶体絶命を中央突破しましょう。 


【雑報】

東京赤羽で伝道しておられる東与三次先生は1911年のお生まれ、かくしゃくとして現役である。毎月、全国の牧師に向けて貴重な文書を届けて下さる。惰夫の目を覚ます聖霊の書である。▼私は東先生より11年遅く生まれた。ようやく老齢を感じつつあるが、東先生は良い模範。更に前進したい。▼先々週の旅はやや疲れました。しかし今はすっかり元気を回復しました。書信やメールのご返事が遅れています。ご容赦乞う。 

 

2002/5/19

  (「日岡だより」第20号)

博之さん、敬子さん 結婚おめでとう

 既報のとおり、甲斐博之兄と田口敬子姉の結婚式が先月の21日、当教会堂で行われました。お二人とも宮崎県延岡市の方であるし、お住まいも同市に決めてあるのだから、大分市までわざわざ出かけて来ての結婚式とは、両方のご両親がたや親族、友人たちも奇異の思いを抱かれたであろう。私だって、お二人から結婚式は延岡でしたいと申し出られても、異存はなく、同市まで出かけて行って司式しても大した犠牲とは思わなかったはずだ。さして遠くでもない、延岡である。お二人の幸福を思えば、喜んで行ったであろう。

 しかし、最初より、博之、敬子両君の意志は決まっていた。結婚式は大分の教会で、披露宴は延岡で、というのである。私もそれに文句はなかった。たしかに結婚式はホテルのきれいなチャペルより、我が木造の古ぼけた会堂のほうが私には向いている。それに司会進行をなさってくれる永井先生もおられ、オルガニスト、賛美を一緒に歌ってくれる会集も大分であれば相当数集まってくれる。私は大分の教会で結婚式をすることは賛成だった。それが、お二人の信仰の証しでもある。それにしても、

 わざわざ延岡からお出でくださるご両親や親族、友人の方々には大いに恐縮であった。

 しかし、あの日の結婚式は厳粛であった。また楽しかった。手前味噌になるが、説教も分かりやすかったと思う。進行もてきぱきして皆さんの飽きもこなかっただろう。式後のレセプションも愉快で、最後にはみなさんが手を取ってサークルくんで踊ってましたもの。

 あとから評判を聞くと、みなさん、喜んでくださったらしい。「博之さん、敬子さん、なるほど、教会で式するんだって言ってたの、気持よく分かるわ。大分の教会で式あげて、本当に良かったわね」と言う声が多かっただろうと思う。

 

 そういうことで、こんどは披露宴です。結婚式から20日ほどすぎて5月11日に披露宴をするという。披露宴はもちろん、大分ではない。延岡である。会場は延岡市都心の一流ホテル。ところで、披露宴の案内を受けて私は驚いた。その披露宴の冒頭で私に牧師としてのスピーチを15分間してくださいと言う。結婚式を教会であげる時、集まるのは、ともかく信者と身内だけである。そこでは遠慮なくキリスト教がまかり通るが、一般の来会者を迎えての披露宴でキリスト教色をむやみに出すのは、やや気遣いさせられる。ところが甲斐新婚夫妻、一向に気にしない。場内のアナウンスにも「キリストの福音大分教会の釘宮義人牧師」という言葉が再々出る。私は本当に嬉しくなってしまった。

 さて、その私のスピーチですが、通常のお祝いの言葉を一応述べて、「さて」と次のようにお話できました。

 

「キリスト教の教典はご存じのように聖書であります。聖書は仏教の一切経に比べれば、小さい本であります。これを読み通そうと思えば、容易ではないでしょうが、それでも文章はやさしいです。お読みになれます。どうぞ、一度お読みになって下さい。一般の書店でも売っています。

 聖書に結婚に関して、こんな言葉があります。『創造者は初めから人を男と女とに作られ、そして言われた。それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである。彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神の合わせられたものを、人は離してはならい。』

 文法的にいうと、最後のところは『人は離すことが出来ない』とも読めるのです。神が合わせた夫婦であるならば、人はこれを離すことが不可能であると言うのです。

 クリスチャンの結婚は神様を交えて一種の三角関係になります。この聖なる三角関係の間柄はだれも引き離すことができません、ここにクリスチャンの夫婦の安定性があります。そこに、何でも親しく率直に話し合える夫婦の間がらがあります。その間に何のわだかまりもないのです。

 

 今日、私は妻と一緒にJRで当地にまいりましたが、私はうっかり一列車遅い切符を持っていました。電車に乗ってみると。私どもの乗るべきところに、一人のご婦人が乗っていました。『おやっ』と切符を照らし合わせてみて、私の間違いに気づきました。しかし車掌は『どうせ、席は空いていますから、何処にでもお乗りになってください』、と言います。 ところで、そのご婦人が親切な人なんです。『私の席のほうが景色が良いですよ、こちらに御出でなさい、代わりましょう』、と言うのです。『ありがとうございます』と、お礼は言ったものの、席は代わりはしませんでしたが、こういうやさしい言葉は嬉しいものです。JRの旅が楽しくなりました。

 そこで、私はこの親切なご婦人に小さなお返しをしたくなりました。その席に近づいて声をかけました。『奥さん、先ほどはご親切にありがとうございました。本当に旅が楽しくなりました。胸がホカホカしています。ありがとうございました』と腰をかがめて言いました。その奥さんは、つつましく『いいえ、いいえ、あんなことぐらい』と微笑んでおられましたが、たぶんこの方も、この電車の旅を更に一層楽しく覚えられたことと思います。これは、私の至らぬ自己満足でしょうか。

 

 こうした私のややキザっぽい自慢話をご披露したうえで、私はみなさんに申し上げました。このように、心で「この方にお礼を言いたいな」と思ったらすぐ、口に出してそれを言えるスナオな心、これが大切です。ご夫婦の中でも、家族の間でも、会社や近所付き合いの間でも……。

 これはいつも楽しい心を持っていると出来るんです。そのために私はいつも、『笑いの練習』をおすすめしています。練習というものは、言わば『訓練』です。やや大げさに練習するんです。こうやるんです。口を大きく開いて、息を鼻から吸うと、おなかが大きくなる。腹式呼吸ですね、腹式呼吸は健康にも良いんですよ、そうして、ハイッ、一気に『ワッハッハハ』と息を吐くと同時に笑うんです。さあ、みなさん、練習と思って私と一緒に『ワッハッハハ』と笑いましょう……。みなさん、大爆笑でした。

 

 こんなヘンな牧師のスピーチで会場は大笑いです。私は大いに満足しました。博之さん、敬子さんの新婚夫妻にも喜んで頂けたと思います。さてその後のプログラムは進んで、終わりに近くなってびっくりすることが起こりました。……ビデオです。

 よくやるでしょう。新郎新婦の幼いときや、お二人の出会いの場所や、そういう新婚さんの思い出を語る。そういうビデオ、……ではないのです。先日、大分の教会でやった二人の結婚式のビデオでした。

 私どもの木造の古ぼけた教会堂、しかし、そこで厳粛に、また楽しげに行われている式典。永井先生のベテランな司会ぶり、私の白髪の老牧師姿(これは私には意外でした)、お二人の入場から、結婚の誓い、私の結婚宣言、花嫁のベールをあげる、指輪交換、賛美歌の中を、お二人の退場、すばらしい画面の連続です。来席の皆さんの顔もよく写っています。披露宴会場の皆さんはこれを息をのんで見ていました。

 すばらしい伝道です。こんなに教会を清い所、厳粛なところ、しかし楽しい祝福の所として、大きな画面で紹介できたことで私は感謝一杯、涙が出ました。伝統的会合の中に巧みに教会の福音的映像を割り込ませた大胆さ。この博之さん、敬子さんの信仰とアイデア。脱帽です。

 又、今後の結婚式や披露宴のやりかたに、いろいろ参考になったことです。

 


【雑報】

5月16日、拡大宣教学院の卒業式に参列してきました。今年は3名の卒業式。森本志人師の牧師按手式に私もご奉仕。お陰でご母堂の春子先生にも会うことができ、大いに先生のエネルギーを頂戴する。▼帰途、東京に降り、八王子市でN姉とご家族にお会いし、癒しの祈り。坐って歩けるようになって主を賛美しました。秋川市のO姉、「サタンにつけ込まれるより、サタンをだますことです」などと名(迷)文句を吐いてO姉を哄笑させました。A家に寄って祈る。▼今回はいつもお会いしている方々には失礼して、羽田から空路、大分へ。感謝!

 

2002/5/12

  (「日岡だより」第19号)

心の一新により自分を変えなさい  

「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ人への手紙第12章1、2節より抜粋)

 これはパウロの勧告です。この言葉を単なる理想の言葉として聞くだけなら、聞くに麗しく、語るに格好いい言葉です。

 しかし、本気でこの言葉に従おうとすれば、それこそ、誰にも出来そうもないたいへんな難事です。

 「あなたがたのからだ!」、もちろんこの「からだ」とは単なる肉体だけではなく、その「言葉」、あるいは「行為」などをもさします。

 ところで残念ながら、私たちは、現にこの時代に生きて、神の子らしい「聖い、生きた」存在になっていません。これは悲しい深刻な問題です。

 この聖句はしばしば「聖潔」の聖会で講壇から強く勧告されます。そして私たちが、この勧告の言葉を聞くとき思わず、へりくだって誓います。「主よ、私のからだをあなたにささげます」と。

 でも、聖会を終って家に帰ると、相も変わらぬ肉的な自分を顧りみざるを得ません。そして、「あれは一場の夢だったのか、一時の興奮だったのか」と、がっかりする人が多いのです。

 こういう時、誠実で几帳面なタイプの人は思います。「あの聖会で神様に誓い、ひとたび手に入れた『聖潔』ではないか、これをあくまで守り抜こう」と、がんばり始める。そうして、「聖潔」の教理が律法に変わって行くのです。

 この聖潔の律法化のおかげで、どれほど多くのクリスチャンが自ら苦しみ、また人をさばいて冷たい空気を教会に送り込んだことか……、その悲劇をしばしば教会で見るように思います。

* 

 さて、上掲の聖書の言葉に「心の一新によって自分を変えなさい」とあります。(この「心の一新」という新改訳は名訳です)。ここの「心」という言葉は「思い、考え、意図」などを含んでいます。この心を一新すれば、その「からだ」の在りようは全く変わるのだと、パウロは言うのです。

 さて、「心」(あるいは聖書では魂)は「霊」ではありません。「霊」はもっと深い部分です。聖霊様に感応できる「神層意識」です。人の「霊」はイエス様を信じた時に、即座に救われます。そして、新しく生まれた人として、天の国籍に登録されているのです。すでに霊においては神の子なのです。

 この霊の領域に聖霊様が臨んで下さると、激変がおこります。いわゆる聖霊経験です。この霊の領域の激変による津波効果が、「心」を「一新」するのです。これをコンバ−ションと呼びます。

 逆の現象として、心のほうから強力な「意図」が起こり、聖書の中の聖句を一つ選んで、その言葉を口で告白しつづけます、すると古い思いが新しい善き思いや考えに転換し、感情が明るく平和な感情に変化する。「信仰」が熱意と強烈な確信を帯びてきます。「心の一新」です、この力が「霊」に津波現象をもたらして真の信仰が起こる、こういうタイプの信徒がたも案外多いのではないかと思います。

 以上のような人々、すべて天に登録された神の子たちです。その結果、言葉や、思いや考えや、そして行動習慣までも変わってゆき、習慣は第二の天性、遂には性格も大いに「変わる」のです。

 冒頭にあげた聖書の個所における「変わる」という言葉は原語では〈メタモルフォ−ゼ〉とあります。毛虫がさなぎに、さなぎが蝶に変わる、あの昆虫の「変態」をさす言葉です。

 こうして私たちのからだは「神に受け入れられる、聖なる生きた供え物」に「変わる」のです。この体と心(魂)と霊の関係を、もう少し詳しく次頁に述べてみましょう。(ここまでは1991.11.3の週報の記事を一部加筆して再掲載しました。)

* 

「肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安である」(ローマ人への手紙8:6)

 以下に書くことは、言い過ぎかも知れません。ある方々からは批判を受けそうな気がします。しかし、私のぜひ書きたいことは、人間の存在形式は神様の三位一体に非常に似ているということです。神様はご自分の姿に似せて人間を造られたのですから、それは当然なことだと思うのです。

人間は罪を犯して以後、つまり始祖エバ、アダム以来、霊的生命力を失い、霊の部分が矮小化し肉の部分が肥大化してしまいました。神の面影を失いまいました。それを聖書では「死」と呼ぶのです。

 しかし、イエス様の十字架のあがないの血潮にふれる時、人はまず霊において新生します。その霊における新しい命が心(魂)に影響し、信仰力が湧いて、とたんに気分が変わって平安を感じます。

 すると、言葉も変わり、行動も聖化する、というように変化しそうなものですが、「肉」の領域では相変わらず不安と焦燥、罪感情が残ります。ここで「肉」と言うのは、からだではなく、からだの感覚をとおして心(魂)の領域に侵入してくる悪魔の思考です。

 これと同じ経過方式で霊の領域から、清い正しい感情と言葉が心(魂)の領域に滲出して来ます。これを絵に書くと、心(魂)の領土に霊と肉の両方の勢力が責め込んで来て正面衝突して、パウロが「善をしようと欲している私に悪がはいり込んでいるという法則がある」(ローマ7:21)と言っているようなことになるのです。親鸞の「悪性さらにやみがたし、こころは蛇蝎のごとくなり」と言うのと似ています。 霊と肉との争いの戦場は心(魂)の領土(域)です。このことを理解すれば、聖化の方法論は案外やさしいのです。まず聖霊の働きを心の領土(域)に広げます。具体的には、聖書の御言葉を心で瞑想し、口で告白します。又イエス様のお姿や天国の様子を映像的に瞑想しつつ祈る方法などです。(この際、カトリックのイグナティウス・ロヨラの「霊操」や、ブラザー・ローレンスの「神の臨在の練習」が参考になるでしょう)。続いて、

 心(魂)の領域に巣食う悪霊の活動勢力を駆逐する戦いを始めます。「権勢によらず能力によらず、ただ主の霊によって」、つまり信仰をもって御名と御言葉を唱え、口で「サタンよ、出て行け」というように命じましょう。悪魔の活動範囲はどんどん狭ばまって行き、逆に心の領域は広々と回復され、聖霊の恩火が燃える様子がイメージできます。

 このサタン排撃の言葉を「口をもって言い表す」ということは、非常に大切です。御言葉や積極的な断言的命令にサタンはおびえます。これらは悪魔に対する重要な武器だからです。エペソ6:14〜17にある神の武器はほとんど防御武器です。ただ一つだけ攻撃的武器あります。御言葉なる剣です。これは敵を貫きとおす剣です。また聖徒たちの勝利的断言命令も強いのです。(私の仮説ですが、悪霊どもは人間の心を見抜けません。人間の表情や仕草により私たちの心を巧みに探るのですが、本当は分ってはいないのです。ですから黙って心の中でいくらサタンを攻撃しても力は利かないのです。言葉を声に出して打撃を与えるのです。) 

 


 

【福音春秋】

◆…先週の日曜日、夜から翌日にかけて北九州リバイバル教会で平野耕一先生の「ヤベツの祈り」セミナーがあった筈で、よほど出席したかったのだが、身辺が忙しくて行けなかった。残念であった。「ヤベツの祈り」はアメリカでは八百万部も売れたとか言われているが、不思議な本である。いや、不思議なのは本ではなくて、ウイルキンソンさんが始め、日本で平野耕一さんが展開している「ヤベツの祈り」運動とでも言おうか、大きな霊的磁場のようなもののことである。この霊的磁場のなかに参入すると、とたんにヤベツ効果とも言える大小の奇蹟的体験に見舞われることになる。これが単なる読書運動と違うところである。(紹介書としては、家元のウイルキンソンさんの本より、平野耕一さんの本のほうが良いような感じがする。日本人同士の判りの良さからだろうか)。
◆…八王子市のNさんという方が、テレホン聖書を聞いて病気が癒されているというご報告を東京支部の赤坂姉から聞き喜んでいます。最近は静岡県の某姉が、私からの電話番号をお知らせする電報を手に持った瞬間、電報用紙のまわりに霧がまつわりついたように見え、そして子宮筋腫の出血が止まった、というご報告を頂いている。テレホン聖書のリスナーの間に、こういう癒しの例が増えているようです。皆さんの更なるご加祷を乞う。
 ◆…別府のフルゴスペルキリスト教会で行われた九州リバイバル聖会(李相烈先生のセミナー)に参加しました。主催者の永野先生が今回は積極的宣伝をしなかった所にも先生の意図を察するが、その反映なのか、集まった方々は少ないが皆さん熱心であったし、教職者の比率も多かった。奥様の知子先生が鍵盤演奏しながらの熱っぽい賛美に心を奪われました。午後と、夜の間の時間に成田姉のお握りを頂き、私向きの休憩用個室で、永野先生の教会の良さを堪能しました。

 

2002/5/5

  (「日岡だより」第18号)

「恋をしている顔に見えたそうです」  

 すばらしい電話を頂いた。N姉からである。先だって、兵庫県の女婿のI先生が牧会しておられる教会で松見睦男先生に会われたそうだ。松見先生は伝道と牧会のコンサルタントとして有名な方です。この松見先生がN姉を見て言われたという。

 「おばあちゃんは恋をしているようなお顔をして いますねえ」。

 N姉は八十一歳の女性である。さすが、驚いたらしい。でも、嬉しかったでしょうね。

 「先生、ワッハッハのおかげですよ」、と電話の向こうで声を上げておられた。
「毎日、ワッハッハの電話を聞いて、ワッハッハと笑っていますよ。このおかげですねえ」。

 私も八十歳になって、時おりからだが疲れることがある。「やはり、年だなあ」、と慨嘆するのですが、このNさんの電話で元気が出ました。

 八十歳になって「恋をしている若々しい顔に見えた」なんて、なんとすばらしいことか……。さあ、私も「ワッハッハの電話」の吹き込みをしようと、勢い込んでマイクロホンを手に取ったことです。

 

「言葉とイメージで癒す」   

 ある人に会った。欝病と言うべきか神経症と言うべきか、私は専門ではないので、正確な判断はつきかねますが、とにかくその人は憂欝で不安のかたまりに思えた。それでも、いつもは電話で応接するばかりで、かなりひどい症状に思えていたが、直接会って見ると、やや明るく、しっかりした様子に見えたので安心したのでした。

 私は言った。「あなたの幼い時から現在までの経験の中で、楽しかったこと、嬉しかったこと、何でも良いですから思い出して私に話して下さい」。

 彼女は答えた。「楽しいことなんか、一つもありません」。私は繰り返して言った。「そうですか、なるほどね。嫌な、苦しい、悲しい想い出ばかりなんでしょうね」。彼女はうなずいた。

 私は言った。「それではね、どんな小さなことでもよいのですよ。無理にでも思い出してみませんか。何かちょっとした楽しいことでもなかった?」

 彼女はちょっと首をかしげて、「やはり、何もありません」。「そうですか………、幼稚園の時に、お母さんがお弁当を作ってくれたでしょう。そのお弁当を貰った時、すこしは嬉しかったでしょう」。

 「はい、少しは嬉しかったです」と、やっと言った。私も嬉しかった。その他、二、三の同様の軽い質問をした。遠足に行ったこととか、友達と遊んだこととか、そんなことを聞いたのだが、一様に「少しは楽しかったです」という返事をもらった。

 あらためて、どんなことが悲しかったのか、みじめだったのか、と聞いてみた。すると「友達にいじめられた」ことを語ってくれた。

 私は短いお導きをした。「思い出したくないでしょうが、お友だちにいじめられている時のことを思い出してください」。「はい………」。彼女が昔のことを思い出しているように見えたので、私は言う。 「あなたのそばにイエス様がいます、見えますか。そのイエス様があなたの肩に手をおいて、『悲しいのね、大丈夫、私がいっしょにいるのだからね』と言っていますよ。イエス様の手の暖かさを感じませんか。イエス様はそのお友だちにも言うのです。『ね、お友だちに意地悪してはだめですよ。もうしませんね。さあ、この〇〇ちゃんにあやまりましょう。『ごめんなさい、もうしません』ってね」。

 こうして、私は彼女が、昔の友達から「ごめんなさい」とあやまってもらっているところを、心にイメージで描くことを期待したのです。

 実は、この問答を繰り返す前に、イメージを心に描く練習はしておいたのですが、その効果があったか、どうか、まだよく確かめてはいませんがね。時間がなかったので、これ以上、お導きできなかったのは残念でしたが、これは単なる心理療法ではなく、イエス様による「癒し」の実践なのだと、ご理解ください。こうしてきつい欝病や不安神経症なども必ず癒されて行くことを信じています。いや、いっぺんに癒されても当然なのです。主の御力の働くところでは。(彼女のことについては、今後を楽しみにしています。)

 

「記憶力の重要さ」    

 誰かの書いた本に「老人力」という題名の本がありましたが、そのノリで「記憶力……」と題しました。禅学の大家、故・鈴木大拙居士が言っていました。「記憶って大したことなんです。宗教の世界では記憶は大切なことです」。

 戦前戦後で若手の神学者だった新見宏牧師が書いていた、「ヘブル人にとっては『覚える』ということは独特な味わいを持っているらしい」と。イスラエル留学をしていた日本人学生がイスラエル人の学友から「君はヒロシマを覚えているか」と問われて、「覚える」という言葉の独特なニュアンスに返事ができなくて困ったという例話をひいていた。

 「主よ、私を覚えてください」(ネヘミヤ13:14)、これと同じ言葉がルカ23:42に、十字架上のイエス様の隣の死刑囚の印象深い言葉として記録されている。またこういう言葉もある。「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日が来たり、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に」。

 若い日に(また幼い日であっても)、創造者なる神様のこと、またイエス様のこと、聖書の言葉、教会の喜ばしい礼拝と、信徒の交わり、そうしたことをちゃんと記憶に刻みつけておくこと、これが大事なのです。

 こうした記憶が、長い年月をへて老人になった時、「私にはなんの楽しみもない」などと嘆くことなど無いばかりが、楽しい信仰の家庭、その他、多くの聖書の言葉や信仰の物語を思い出させてくれて、老境を豊かなものにするのです。

 こうした記憶は、世の言葉とか、人間関係とか、社会事象とか、そういう文明的財産を超えて、より以上に大切な信仰上の霊的財産の宝庫であります。

 たとえば、あなたの最初の回心の心理的記憶。次々に人生の途上で体験した霊的感動の情緒的記憶。こうしたことは一人の人の信仰の重要な「非言語的・非図象的」記録です。

 もっと例証的に言えば、最初の異言の印象。ビリビリ電気が走るような癒しの磁波的感覚。祈って祈って遂に「祈りが神様に聞き入れられた」という確信が来た、そういう経験。それらの記憶があなたの霊的財産としてフロッピされているでしょう。

 これが鈴木大拙ではないが、宗教に、また信仰生活に、記憶力が重要であるという理由です。霊的信仰体験は案外忘れやすいものです。その経験の都度、キチンとノートを取っておかれると良いですね。 

 


 

【福音春秋】

◆…4月25日、26日の両日、東京都八王子市で行われたカヤンジャ師の聖会に参加しました。妻と二人で行きました。聞きしにまさる良いメッセンジャーです。説教が面白くて分かりやすい。霊的存在感がある。癒しの奇蹟も見られる。私の難聴も六十%癒されたようです。こんなことを書くのは可笑しいし、恥ずかしいが、私は神癒伝道者のくせに、自分の病気の癒しがむつかしい。世界的有名な神癒伝道者の聖会に出て祈って頂いても、癒されたことがない。いや、たった一度だけ、15年程前のハワイ聖会でカニストレーシー先生の聖会で、先生の宣言神癒の力で私のギックリ腰の痛みが一瞬に出ていった。先生は喜んで、私を講壇に引っ張りだし、私に神癒の賜物の倍加を祈ってくれたものです。
 ◆…この聖会では通訳は永井信義先生で、カヤンジャ師の派手なパフォーマンスがそのまま乗り移ったかのように説教者とピッタリの見事な通訳で、見て(!)いる私たちも堪能しました。聞くにももちろん、見事でしたが。



【雑報】
上記聖会で、ミッションバラバの中島さん、井上さん。加藤満牧師、尾形守牧師、久保江努牧師、マルコーシュの笹井社長などにお会いできたのも感謝。ただ、私がひげを剃って初めての出会いで、私と分かってくれないまま、遠くからお見送りしたのが大川先生、奥山先生など。信徒の方では八王子市の地元の須知良正兄ご夫妻にお会いできた。ご子息のため祈って差し上げられて感謝でした。▼5月11日、延岡市で行われる甲斐博之、敬子新婚夫妻の披露宴に行きます。翌日の5月12日は、同市内の一ケ岡キリスト福音館(甲斐吉巳牧師)の主日礼拝の講壇で、ご奉仕をさせて頂きます。

 

 

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